「親が認知症になったので、空き家になった実家を子どもが売って施設費用にあてたい」。この希望は、名義と実印がそろっていても、そのままでは実現できません。本人に判断能力がない場合、家族が代わりに売ることはできないためです。本記事は裁判所・法務省の公式情報をもとに、成年後見制度を使った売却までの経路を整理しました。

家族でも代わりに売れない理由—契約と意思能力

実家の所有者が親である以上、売買契約の当事者になれるのは親本人です。子どもが権利証や実印を預かっていても、それだけで親に代わって契約する権限は生まれません。

そして民法は、契約そのものの効力について次のように定めています。

> 法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする。(民法第3条の2)

つまり、認知症などで判断能力を欠いた状態の親が署名・押印した売買契約は、無効になり得ます。買主側もこのリスクを知っているため、判断能力に疑いがある売主との取引は成立しにくくなります。なお、意思能力があったかどうかは契約時点の状態をもとに個別に判断されるものであり、認知症の診断イコール無効ではありません。

ここで効いてくるのが、判断能力が不十分な方を保護・支援するための成年後見制度です(法務省)。

新大阪駅
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成年後見制度のしくみ—後見・保佐・補助の3類型

法務省の説明では、法定後見制度は判断能力の程度に応じて3つの類型に分かれます。

類型

対象となる方(法務省)

後見

判断能力が欠けているのが通常の状態の方

保佐

判断能力が著しく不十分な方

補助

判断能力が不十分な方

後見開始の審判を申し立てられるのは、本人、配偶者、四親等内の親族、検察官、市町村長などです(法務省)。子どもは四親等内の親族にあたります。

誰が後見人になるかは家庭裁判所が事情に応じて選任します。親族のほか、法律・福祉の専門家その他の第三者や法人が選ばれる場合もあり、複数選任も可能です(法務省)。「子どもが申し立てたら子どもが後見人になる」とは限らない、という点は押さえておきたいところです。

成年後見人には、財産に関するすべての法律行為の代理権が認められます(法務省)。それなら実家も自由に売れそうに見えますが、居住用の不動産だけは特別扱いされています。

実家の売却に立ちはだかる民法859条の3

成年後見人が本人の居住用不動産を処分する場合、根拠となるのは次の条文です。

> 成年後見人は、成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物又はその敷地について、売却、賃貸、賃貸借の解除又は抵当権の設定その他これらに準ずる処分をするには、家庭裁判所の許可を得なければならない。(民法第859条の3)

裁判所の説明によれば、許可の対象となる処分には売却、抵当権の設定、賃貸借契約の締結・解除、建物取り壊し等が含まれます。そして、家庭裁判所の許可を得ないで処分をした場合、その処分は無効となります(裁判所)。

見落としやすいのは「居住用」の範囲です。現に住居として使用している場合に限らず、本人が病院や施設に入所しているため現在は居住していないが、将来居住する可能性がある場合や、入所前に居住していた場合なども含まれるとされています(裁判所)。つまり、親が施設に入って空き家になった実家は、外から見れば空き家でも、制度上は居住用不動産として扱われるのが通常です。

許可の申立先は後見開始の審判をした家庭裁判所で、申立手数料は収入印紙800円分(郵便料は別途)です(裁判所、2026年8月確認)。

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親の状態×売却までの経路—編集部の判断軸

公式情報を整理すると、実家の売却経路は「親の判断能力がどの段階にあるか」でほぼ決まります。本記事の独自整理として、3段階に分けた判断軸を示します。

親の状態

とれる経路

先に確認すること

判断能力が十分にある

親自身が売主として売却。任意後見契約などの備えも選べる

親自身の売却意思。名義・登記の確認

低下が始まっている

契約の有効性に疑義が生じ得る段階。医師・専門家への相談が先

意思能力の評価。急いで契約しない

欠けているのが通常の状態

後見開始の申立て→成年後見人の選任→家裁の処分許可→売却

申立人の確保。売却の必要性の整理

この軸で見ると、選択肢は判断能力とともに減っていくことが分かります。1段目では「売る・売らない・備える」のすべてが選べますが、3段目では法定後見と家裁の許可を経る一本道になります。中間の2段目が実務上いちばん動きにくく、ここで無理に契約を進めると無効リスクを抱えるため、評価を先行させるのが編集部の判断です。

ただし例外もあります。判断能力の程度は連続的で、後見・保佐・補助のどれにあたるかは家庭裁判所が判断し、事案によっては鑑定が行われます(大阪家庭裁判所)。自己判定で経路を決めず、申立て前の相談段階で見立てを確認してください。

もう1点、制度の性格にも注意が必要です。成年後見制度は判断能力が不十分な方を保護・支援するための制度であり(法務省)、売却だけを目的にした一時利用を想定した道具ではありません。売却が本人の利益になるのかという観点も含め、申立て前に弁護士・司法書士等へ相談することをおすすめします。

任意後見・家族信託と2026年成立の改正

法定後見と別に、任意後見制度があります。本人に判断能力があるうちに、任意後見人となる方やその権限をあらかじめ自分で決めておく制度で、契約は公正証書で結びます(法務省)。実家の処分を将来任せたい相手を親自身が選べる点が、法定後見との大きな違いです。

また、家族信託(民事信託)と呼ばれる財産管理の方法も存在します。ただし設計の自由度が高いぶん個別性も高く、本記事では内容に立ち入りません。検討する場合は司法書士・弁護士など専門家への相談を前提にしてください。

どちらの備えも、親に判断能力があるうちにしか使えません。前章の判断軸でいえば1段目限定の選択肢であり、実家の名義や登記の整理(親名義のままでは売れない—売却前に必要な登記は3種類ある)と同じく、動けるうちに動くかどうかで後の経路が変わります。

なお、この制度自体が大きく変わる予定です。令和8年(2026年)6月17日、成年後見制度を見直す「民法等の一部を改正する法律」が成立し、同月24日に公布されました。後見及び保佐の制度を廃止して補助の制度に一元化し、本人にとって必要な範囲での利用を可能とする内容です(法務省)。

成年後見制度の見直し部分の施行日は、公布の日から起算して2年6月を超えない範囲内において政令で定める日とされており、本記事の時点では確定していません(法務省)。それまでは本記事で整理した現行の枠組みが適用されますが、これから申立てを検討する方は、施行時期と経過的な取り扱いを法務省の公式情報や専門家に確認してください。

大阪家庭裁判所への申立てと北大阪の窓口

淀川区や東淀川区の実家について後見開始を申し立てる場合、申立先は実家の所在地ではなく、本人(支援を必要とされている方)が現在お住まいの場所で決まります。入所施設や入院中の病院も含まれ、住民票の住所地とは限りません(大阪家庭裁判所)。大阪府内の申立先は大阪家庭裁判所および管内の支部で、どこにあたるかは同裁判所の管轄区域案内で確認できます。

大阪家庭裁判所の後見センターでは、手続きの説明・必要書類・作成方法をまとめた「成年後見申立てセット」を郵送で取り寄せられます(大阪家庭裁判所)。窓口に出向く前に全体像を把握できるため、新大阪や十三から親の入所先が遠い方にも使いやすい入口です。

申立て以前の相談先としては、地域包括支援センターや弁護士会、法テラスなどが案内されています(法務省)。親の介護で区役所とやり取りしている段階なら、お住まいの区の地域包括支援センターに「実家の処分を含めて後見を検討している」と伝えるのが早道です。相続後の空き家全体の進め方は相続した空き家の4択—売る・貸す・住む・壊すを分ける条件で整理しています。

まとめ

本記事のポイントを整理します。

  • 意思能力を欠いた状態での売買契約は無効になり得るため、判断能力のない親の実家を家族が代わりに売ることはできない(民法3条の2)
  • 売却には家庭裁判所への後見開始の申立てと成年後見人の選任が必要で、申立人には四親等内の親族が含まれる
  • 居住用不動産の処分には家裁の許可が必須で、許可のない処分は無効。施設入所後の空き家も居住用に含まれ得る(民法859条の3)
  • 任意後見や家族信託は判断能力があるうちだけの選択肢。2026年成立の改正で制度自体も変わる予定

個別の可否や進め方は事案ごとに異なります。最新の情報は裁判所・法務省の公式ページで確認のうえ、弁護士・司法書士等の専門家にご相談ください。

※ 本記事の情報は2026年8月時点の公式公表資料に基づきます。

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出典

  • 裁判所「成年被後見人(被保佐人、被補助人)の居住用不動産の処分についての許可」(2026年8月30日確認)
  • 大阪家庭裁判所「成年後見制度(後見・保佐・補助)」(2026年8月30日確認)
  • 法務省「成年後見制度・成年後見登記制度 Q&A」(2026年8月30日確認)
  • 法務省「『民法等の一部を改正する法律』(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」(2026年8月30日確認)
  • e-Gov法令検索「民法」第3条の2・第859条の3(2026年8月30日確認)