「遺言はあるのに、実家の名義変更が進まない」。原因の多くは遺言の内容ではなく、手続きを動かす人がいないことにあります。遺言執行者は、遺言で指定されるか、指定がなければ家庭裁判所が利害関係人の申立てで選任します(民法1006条・1010条)。本記事は裁判所・法務省・法務局の公式情報をもとに、誰が執行者になれるのか、家裁で選任してもらう手順、不動産の名義変更で執行者が何をできるのかを整理しました。

結論を先に書くと、「相続させる」と書かれた不動産は受け取る相続人が単独で登記でき、2019年7月1日からは執行者も申請できます。一方、相続人以外への遺贈は執行者がいないと相続人全員の関与が必要になり、ここで手続きが止まりがちです。

遺言執行者の役割と権限

遺言執行者とは、裁判所の案内のとおり「遺言の内容を実現する者」です。民法1012条1項は執行者に「相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務」を与えています(e-Gov法令検索)。名義変更の申請や財産目録の作成・交付(1011条)はここに含まれます。

執行者がいることの効果は権限だけではありません。民法1013条は、遺言執行者がある場合に相続人が相続財産を処分するなど執行を妨げる行為をすることを禁じ、違反した行為を無効としています(ただし善意の第三者には対抗できません)。執行者の存在は、遺言に反する動きへの歯止めでもあります。

さらに2019年7月1日施行の相続法改正(平成30年法律第72号)は、執行者の権限を明文化しました。法務省の案内では「遺言執行者がその権限内においてした行為は相続人に対し直接にその効力を生ずることを明文化」し、特定遺贈や相続させる旨の遺言における権限を明確化した、と説明されています(法務省)。現在の民法1015条がその条文です。

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誰が遺言執行者になれるのか

遺言執行者になれない人は、民法1009条が定める未成年者と破産者の2種類だけです(e-Gov法令検索)。裏返せば、相続人本人でも、財産を受け取る人でも、司法書士や弁護士でも指定できます。

実際、法務局の相続登記ガイドブックにある自筆証書遺言の例では、不動産を「相続させる」相手である長男をそのまま遺言執行者に指定しています(法務局)。家族の中で手続きを進める人を一人決めておく使い方が、公式の記載例にも表れています。

民法1006条により、遺言者は一人または数人の執行者を指定でき、指定を第三者に委託することもできます。指定された人が就職を承諾すると直ちに任務が始まり、任務を開始したときは遅滞なく遺言の内容を相続人に通知しなければなりません(1007条)。財産を受け取らない相続人にも内容が知らされる仕組みです。

指定がないとき—家庭裁判所での選任

遺言に執行者の指定がない、または指定された人が亡くなっている・辞退した場合は、家庭裁判所が利害関係人の請求で執行者を選任します(民法1010条)。裁判所の案内をもとに要点を表にまとめます。

項目

裁判所の案内(2026年9月時点)

申立てができる人

相続人、遺言者の債権者、遺贈を受けた者などの利害関係人

申立先

遺言者の最後の住所地の家庭裁判所

費用

執行対象となる遺言書1通につき収入印紙800円分+連絡用の郵便切手(裁判所ごとに異なる)

主な書類

申立書、遺言者の死亡の記載がある戸籍謄本、執行者候補者の住民票または戸籍附票、遺言書の写しまたは検認調書謄本の写し、利害関係を証する資料

出典:裁判所「遺言執行者の選任」

手数料は遺言書1通あたり収入印紙800円分と低く、申立て前に入手できない書類は申立て後の追加提出で差し支えないとしています(裁判所)。候補者は申立人側で挙げられますが、誰を選任するかは家庭裁判所の判断です。

なお書類に「検認調書謄本」があるように、自筆証書遺言は原則として家庭裁判所の検認を経ている必要があります。法務局の遺言書保管制度を使っていれば検認は不要です(法務局)。

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不動産の名義変更で執行者ができること

遺言で不動産を渡す書き方には「相続させる」(民法1014条2項のいう特定財産承継遺言)と「遺贈する」の2種類があり、登記に誰の関与が要るかが変わります。

「相続させる」遺言の場合、不動産登記法63条2項により、相続による移転登記は登記権利者、つまり不動産を受け取る相続人が単独で申請できます(e-Gov法令検索)。法務局のガイドブックの記載例も相続人本人が申請人で、他の相続人の協力は前提になっていません。添付書類は検認済証明書付きの遺言書(保管制度利用なら不要)、被相続人の死亡の記載のある戸籍、相続人の戸籍と住民票です(法務局)。

これに加えて、2019年7月1日施行の改正で民法1014条2項が新設され、特定財産承継遺言があったときは遺言執行者も、相続人が対抗要件(登記)を備えるために必要な行為をできるようになりました(e-Gov法令検索・法務省)。受け取る相続人が高齢や遠方で動けない場合でも、執行者が登記を進められます。

「遺贈する」遺言の場合は事情が違います。権利に関する登記は原則として登記権利者と登記義務者の共同申請です(不動産登記法60条)。相続人への遺贈は令和5年4月1日以降、受遺者が単独で申請できるようになりました(63条3項・法務局)。しかし孫や内縁の配偶者など相続人以外への遺贈では共同申請が残り、民法1012条2項により遺言執行者がある場合の遺贈の履行は執行者のみが行えます。執行者がいなければ相続人側の関与が必要になり、一人でも協力しなければ登記が止まるのがこの型です。申請書の記載や添付書類は管轄の法務局または司法書士に確認してください。

登記が止まる3つの場面と出口—編集部の整理

「遺言はあるのに登記が進まない」場面を編集部で3つに分け、出口を整理しました。

止まっている場面

何が足りないか

出口

相続人以外への遺贈で、相続人の一部が協力しない

相続人側として手続きをする人

家裁に執行者の選任を申し立てる(1010条)。就任すれば相続人全員の関与は不要

指定された執行者が先に亡くなった・辞退した

執行者の不在

同じく家裁で選任。相続人・受遺者どちらからでも申立て可

「相続させる」遺言だが、受け取る本人が動けない

申請する人

本人の単独申請(不登法63条2項)か執行者による申請(民法1014条2項)

この表の境界線は、「相続させる」型では執行者がなくても登記は動くのに対し、相続人以外への遺贈では執行者が事実上の必須に近い、という点です。相続人以外に不動産を渡す遺言ほど、執行者の指定が効きます。

もう一つが期限です。不動産登記法76条の2は、相続で所有権を取得したことを知った日から3年以内の登記申請を義務づけており(e-Gov法令検索)、遺言による取得も対象です。執行者の選任に時間がかかっても、相続登記の3年義務の起算は止まりません。共有のまま放置した場合の影響は遺産分割がまとまらない実家の共有リスクで整理しています。

北大阪の窓口—家裁は「人の住所」、法務局は「物件の所在地」

北大阪では行き先が2つに分かれます。執行者の選任は「遺言者の最後の住所地」の家庭裁判所、登記は「不動産の所在地」を管轄する法務局と、基準が違うためです。

遺言者が亡くなる直前まで淀川区や東淀川区に住んでいた場合、選任の申立先は大阪家庭裁判所の本庁です。所在地は大阪市中央区大手前4-1-13で、Osaka Metro谷町線・中央線の谷町四丁目駅2番出口から東へ150m(裁判所)。新大阪や十三の区役所ではなく、大阪城の南側まで出向くことになります。

一方、その実家が淀川区・東淀川区にあれば、登記の申請先は大阪法務局北出張所(大阪市北区西天満1丁目11番4号)です。北出張所の不動産登記の管轄区域には東淀川区と淀川区が含まれています(大阪法務局)。北出張所が淀川区内にはない点は相続登記の管轄をまとめた記事で触れています。登記後に実家を売る場合の登記は親名義のままでは売れない理由を参照してください。

まとめ

本記事のポイントを整理します。

  • 遺言執行者は遺言での指定(民法1006条)か家庭裁判所の選任(1010条)で決まり、なれないのは未成年者と破産者だけ
  • 選任の申立ては遺言者の最後の住所地の家庭裁判所に、遺言書1通につき収入印紙800円分と郵便切手で行う
  • 「相続させる」遺言の不動産は受け取る相続人が単独で登記でき(不動産登記法63条2項)、2019年7月からは執行者も申請できる(民法1014条2項)
  • 相続人以外への遺贈は共同申請が残り、執行者がいないと相続人全員の関与が要るため、非協力で止まりやすい
  • 北大阪では、選任は大阪家庭裁判所本庁(中央区大手前)、淀川区・東淀川区の登記は大阪法務局北出張所(北区西天満)と窓口が分かれる

郵便切手など裁判所ごとに異なる部分があるため、申立て前に大阪家庭裁判所の案内で確認してください。個別の遺言の解釈や登記の可否は、司法書士・弁護士など専門家にご相談ください。

※本記事の情報は2026年9月時点の公式公表資料に基づきます。

あわせて読みたい

出典

  • 裁判所「遺言執行者の選任」(2026年9月17日閲覧)
  • 法務省「民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)」(同)
  • e-Gov法令検索「民法」第1006条〜第1015条(同)
  • e-Gov法令検索「不動産登記法」第60条・第63条・第76条の2(同)
  • 法務局(東京ブロック管内)「相続登記ガイドブック 遺言書(自筆証書遺言)による相続」(同)
  • 裁判所「大阪家庭裁判所」所在地・アクセス(同)
  • 大阪法務局「北出張所」管轄区域(同)